治療の現場から
注射薬でのアトピー治療について:久保Dr.からのアドバイス
2025.05.02治療の現場から
著者のプロフィール
ナチュラルクリニック21院長 久保賢介
1957年4月3日 福岡県 北九州市出身
2001年10月 有床診療所ナチュラルクリニック21 開設
所属学会:日本アレルギー学会/日本心身医学会
15年間以上、アトピー性皮膚炎患者の入院治療にあたっている。
詳しいプロフィール 医師・スタッフ紹介
分子標的薬の普及が進む現代のアトピー治療
日本皮膚科学会が出している最新のアトピー性皮膚炎治療ガイドラインでは、ステロイド外用で十分な治療効果が得られない患者さんには、デュピルマブなどの注射薬の使用が強く推奨(推奨度1)されています。
デュピルマブについては、このページをご覧の方であればご存知の方が多いと思いますが、アトピー性皮膚炎に大きく関わるサイトカイン(IL4、IL13)の働きを抑える注射薬で、2018年の国内発売以降、日本国内でも大変多くの患者さんが使っていらっしゃいます。※1本50,000円を超える非常に高価な薬剤でもあります。
また、この他にも特定のサイトカインの分泌や伝達にはたらきかける注射薬(分子標的薬)が次々に登場していて、アトピー治療の新しい流れになっています。
当院の入院治療とでデュピルマブ
しかし、これらの治療薬はステロイド外用やプロトピックと併用が前提となっていたり推奨されたりしていて、非ステロイド治療を希望して当院に入院なさる患者さんのニーズには合致しないため、当院では入院患者さんにこれらの注射薬を使用することはありません。
最近は入院患者さんの中にもデュピルマブの使用経験がある患者さんは増加していますが、使用を中止なさった理由としては、次のような声が多くなっています。
・期待した程の効果が得られなかった
・効果は得られたが自己注射の心理的な負担が辛い
・全身の免疫にはたらきかける薬剤を使い続けることに不安がある
・当初は効果が得られていたが、徐々に効果が感じられなくなった
・経済的な負担が大きい
当院のステロイドや注射薬への基本方針
もちろん世の中では沢山の患者さんがこれらの注射薬によって助けられていて、辛いアトピーから救ってくれた救世主のように感じている方も数多くいらっしゃるはずです。
デュピルマブやステロイドによって快適な日常生活が可能な程度にアトピーがコントロール出来ているのなら、そうやって体調や生活を維持していくことは悪いことではないと思います。
しかし、ステロイドの長期連用等の末に免疫バランスが破綻して、なすすべを失って当院へ駆け込む患者さんを沢山診てきた私としては、薬剤でIL4やIL13を制御したり、長期間強いステロイドを使用し続けたりすることには慎重にならざるを得ませんし、患者さんからも注射薬によって全身性投与となることへの不安の声を耳にします。
分子標的薬の懸念点
分子標的薬の歴史はまだ浅く、免疫系への長期的な影響がわからない面があり、デュピルマブでは副作用として結膜炎が高い頻度で生じるという報告から、薬によって体のどこかに無理が生じていることがうかがえます。
また デュピルマブが抑制しているTh2免疫(IL4やIL13等)は、アレルギー免疫だけではなく癌免疫などにも複雑に関与しており、人類の浅知恵で人工的に制御することに私は否定的な考えを持っています。
人体の絶妙とも言える免疫の働きをを考えるとき、昔、アメリカのイエローストン国立公園であったエピソードを思い出します。
近隣で牛の放牧をしている畜産農家が、狼を害獣だとして駆除し全滅させた結果、生態系に大きな変化が生じてしまいました。
鹿が増えすぎて木々を食い荒らし森林が減少した結果、鳥も減って川の水量も減少し、魚も減少。
ビーバーもいなくなってしまいまったのです。
そこで公園ではカナダから狼を移住させました。
すると鹿の数が減少して生態系が回復し、元の森がよみがえってビーバーも戻ってきたのだそうです。
人間も自然物であり、体内の生態系を人工的にいじくると何が生じるか判りませんから、過剰に働いているアレルギー性免疫のバランスをなるべく自然に近い方法で整えることが大切だと考えます。
デュピルマブと皮膚リンパ腫との関係
最近では、デュピルマブを使用中の患者さんが皮膚リンパ腫(菌状息肉症)を発症するケースが報告されています。
Arch Dermatol Res
. 2023 Nov;315(9):2561-2569. doi: 10.1007/s00403-023-02652-z. Epub 2023 Jun 4.
Dupilumab-associated mycosis fungoides: a cross-sectional study
デュピルマブがリンパ腫発症の引き金になっているのか、アトピーと皮膚の病状が似ているためにアトピーと誤診されていたリンパ腫が、デュピルマブでの治療によって存在が明らかになったのか、その因果関係やメカニズムはまだ明らかになってはいませんが、デュピルマブの処方や使用にあたってはこれらの情報も理解したうえで考えるべきです。
私自身の考えとしては、アトピーという複雑で慢性的な疾患の場合、ステロイドがダメならデュピルマブ、それがダメなら次の新薬へといったように単純なフローチャートにだけ従って対症療法を行うのではなく、どうしてアトピー性皮膚炎が始ったかと言う原点に立ち、生態系の中の人という視点から、生活習慣、食習慣、住環境、心理的な健康にも注意をはらって治療を進めるべきだと考えています。
IL=インターロイキンとは
IL(インターロイキン)とは、リンパ球などの免疫細胞の情報伝達に使われる分子です。
IL-4(インターロイキン4)の主なはたらきと特徴
1. アレルギー反応の促進
2. 樹状細胞を介したTh2細胞産生
3. 皮膚バリア機能の低下
4. 炎症反応の亢進
IL-13(インターロイキン13)の主なはたらきと特徴
1.皮膚バリア機能の低下
2.局所での作用:アトピー性皮膚炎の病変部でより多く発現
3.慢性化への関与:慢性期で発現が増加
4.アレルギー反応の促進
5.IL-4と共にTh2型免疫応答を誘導しアレルギー反応を引き起こします