治療の現場から

       

ヘルペス・カポジを経験し寝たきり状態となっていたママ 症例:82

2023.11.15治療の現場から

20代女性 2023年 90日間入院

両腕#82

両腕甲#82 右肩#82

ふくらはぎ#82

限定解除

入院までの経緯

乳児期にアトピーを発症。ステロイドはときどき使う程度で、非ステロイド治療や民間療法を行っていた。
中学生になって飲み薬での治療を受けたところ症状は改善し、専門学校卒業までは安定した状態だった。

成人後に働き始めた頃から手や足に湿疹が生じるようになり、21歳からステロイド外用治療を開始。3年に1度は顔に症状が出る事もあった。

27歳で妊娠・出産すると湿疹が全身に拡大。同時期には喘息を発症し、その後約3年にわたってステロイド吸入での治療を続けていた(喘息治療は当院入院前に終了)。
アトピーの治療では最強ランクのステロイド外用を使用していたが、復職後、担当する業務が変更となった頃からボコボコとした皮膚炎(痒疹)が手足に生じた。

皮膚科主治医の勧めで入院の約8ヶ月前にJAK阻害剤(免疫をつかさどる細胞の中にある「JAKジャック」という部分に結合して、かゆみの原因となる炎症性サイトカインが過剰につくり出されることを防ぐ薬)を使用すると皮膚症状は1週間で大きく改善したが、新薬・副作用に対する不安から2ヶ月で中止。その後は激しく悪化し、顔面が腫れて全身に浮腫みが生じた。

これらの悪化に対してステロイド外用での治療を行ったものの十分な効果を感じられず、入院の3ケ月ほど前にステロイド外用を中止。症状は更に悪化して、ヘルペス、カポジも経験。痛みや痒みのために寝たきり状態となり、就労も困難で入院治療を考えるようになった。

検査データの見方は掲載症例の見方をご覧ください。

検査結果#82

 

入院後の経過

入院時、全身に湿疹とカサツキが生じていた患者さんで、特に額、首~デコルテ、上下肢に傷が多く痛みの訴えもありました。
特定の部位からは滲出液が出ることも多く、検査結果でも皮膚炎の程度を示すTARCが入院時の検査で8030と重症状態から治療を開始しました。

非ステロイドの内服・外用薬での治療と並行し、院内の治療食を通じて食事療法を実践。バイオ入浴にも取り組んだところ、入院から1週間が経過する頃には全体的な皮膚の赤みやカサツキ、傷は軽減し始めました。
その後も、免疫変換に伴うと考えられる微熱やリンパ節の腫れ/痛みなどを経験しながら皮膚症状は改善に向かい、1ヶ月経過の検査でTARC2019と入院時の約4分の1まで低下。

小さなお子さんの世話を夫に任せての入院で、一日も早く退院したいという気持ちもあったようですが、その気持ちをこらえながら治療に取り組みました。
明るい性格で他の患者さんとも打ち解け、場を和ませるムードメーカー的な存在として患者仲間を前向きに引っ張ってくれていたようです。

2ヶ月経過でTARC1211、好酸球6.2%(基準値内)と数値上は順調な改善ですが、自覚症状には波があり、退院を前にした検査でもTARCは微減したもののPOEMは若干上昇傾向に。
退院後もバイオ入浴を続け、このような症状の波を乗り越えていけるよう、様々なアドバイスをして送り出しました。

ドクターコラム

当院では、アトピーで入院中の患者さんに皮膚表面の病原菌繁殖を調べる検査を行っています。
寒天培地を皮膚炎が生じている患部に押し付けたものや、患者さんの落屑を貼り付けたセロファンテープを恒温槽で培養し、皮膚への病原菌の感作を調べます。

主に調べているのは食中毒を引き起こすことでも知られる黄色ブドウ球菌で、寒天培地を培養して検査します。
この症例の患者さんでもデコルテ中央部と右大腿内側でスタンプを採取・培養したところ、無数の黄色ブドウ球菌が繁殖しました。※このページの最後に治療前後の培養地画像を掲載しています。

黄色ブドウ球菌そのものは健常な皮膚にも存在する常在菌の一種ですが、強い毒性を持つため、過剰に繁殖すると、分泌する毒素が皮膚炎を引き起こしてしまいます。黄色ブ菌の繁殖とアトピー性皮膚炎の悪化の関係は以前から世界的によく知られており、多くの研究論文が出ています。

他の病原性菌と違い、スーパー抗原として作用しアレルギー炎症を起こす免疫細胞を数万倍増加させるとも言われており、皮膚が汗で湿る夏に繁殖する事が多く、皮膚に発赤と滲出変化を伴った炎症をもたらして急性に皮膚炎が悪化します。

当院が過去に行った研究では、皮膚の黄色ブ菌数と皮膚炎マーカーTARCが正の相関があるという結果が得られていますが、バイオ入浴によってこのブ菌数が明確に減少するデータが出ています。

その理由は自然免疫系の上昇にあると考えられます。
黄色ブ菌は細胞内に寄生して増殖することも出来る菌で、菌を除去する役割を担っているはずの皮膚のマクロファージという免疫細胞内で増殖してしまうたちの悪い性質を持っています。

ところがインターフェロンγ(サイトカインの一種で自然免疫を強化する)が多い環境下では、このマクロファージが非常に元気になり、黄色ブ菌をやっつけてしまう事が報告されています。つまり、バイオ入浴では自然免疫Th1が非常に強化されるためインターフェロンγが増加し、今までアトピー性皮膚炎患者さんの皮膚を占拠していた黄色ブ菌がいなくなるという変化が生じているようです。

病原性のない菌によって病原菌を抑制したり、菌との接触によって起きる免疫反応によって皮膚炎の改善を目指したりするバイオ入浴は、新しい医学分野として将来が期待される「バイオセラピー」の一種とも言えると考えています。

ブ菌スタンプ#82

培地表面の小さなツブツブが黄色ブドウ球菌のコロニーです。
赤色だった培地に黄色ブドウ球菌が繁殖すると、培地内の成分が分解されスタンプが黄色く変色します。
時間の経過とともに培地が赤くなっているのは、黄色ブドウ球菌が減少したことを物語っています。

バイオ入浴を行っている患者さんでは、培地に黄色ブドウ球菌ではなく浴水中に含まれるバチルス菌が培養されることも多く、入院当初は黄色ブドウ球菌でいっぱいだった培地が、退院する頃には黄色ブドウ球菌が消えてバチルス菌でいっぱいになることも珍しくありません。

マラセチアという酵母様真菌を調べることも稀にありますが、スタンプ培地では捉えることが難しいのでセロファンテープを使って検査をします。

 

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